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人権

Category: 雑記  

憲法学者から弁護士になられた遠藤比呂通さんへの一問一答が
6月30日(日)の東京新聞“あの人に迫る”に掲載されていました。

「本当の人権とは、その本(※)に書いてあることを実際にやってみた人たちの記録だと思う
 釜ヶ崎のおじさんは人権という言葉は使わないかもしれない。
 女性問題や家庭内暴力を起こして刑務所に入ったり、逃げてきた人かもしれない。
 でもそういう人たちがおかしいじゃないかと言って、闘ったときに人権がある。」と書かれていました。
  (※ロックとかルソー)

“闘ったときに人権がある”
そのことを深く知りたいと思いました。


人権という幻: 対話と尊厳の憲法学人権という幻: 対話と尊厳の憲法学
(2011/09/08)
遠藤比呂通

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ロック思想の現代的意義:
心理的、社会的、歴史的、政治的コンテクトの中で生活する具体的人間が、市民政府を設立し、
自然法の判定・執行権を信託する。しかし、その信頼には限界がある。
(市民政府が信託に反して行動しはじめたとき、市民は市民政府に対する信託を撤回して抵抗する義務が、
神への義務として生じる。)
この限界に対する認識と対処方法が、人間相互の信頼と不可分なかたちで社会の紐帯を形成していることが、
現代においてあまりにもなおざりにされているのではないか。
ロックは、人間相互の信頼を市民政府に対する信託という形で定式化するとともに、
市民政府に対する信頼の限界の問題を、政治的義務の「問い」として発見した。

抵抗権を行使する市民に課される認識義務、政治的義務:
みずから正しいと信じることをおこなうというだけでは、無秩序と混乱、虐殺しかもたらさないかもしれない。
市民政府に抵抗する市民には現状について冷徹に認識する義務が課されるとともに、
投入できる人員、社会的資源、抵抗の結果信託違反が回復する可能性があるか、
それにはどの程度の犠牲がともなうかなど、複雑な政治的判断が要請される。
(政治的可塑性に対する考慮において、なによりも重要なのは認識義務)

非暴力不服従(マーチン・ルーサー・キング牧師)
非暴力運動の勇士たちは、彼らの最強の武器ーすなわち心、良心、勇気、正義感ーを調べて、
ぴかぴかに磨いておくことを要求されるのである。(『黒人はなぜ待てないか』41頁)

抵抗のための理論には「市民」についての「正確な」認識が含まれなければならない。
市民とはだれなのか?

正義は、つねにだれにとっての正義であるのかを問いつづけ、
虐げられる者にとっての正義でない正義は認めないことを意味します。

「合法的」手段の限界を指摘しながら否定せず、憎悪と復讐心に訴える暴力を否定する。
いかなる場合に、いかなる方法で「非合法」的手段に訴えるかについての、冷徹な認識
(究極的方法に訴える=裁判所の命令に反する ことによってどちらが違法なのか
変化が生じる可能性に対する冷徹な計算をおこなう)と、
人間の尊厳に対する深い確信と、黒人教会に指導された、良心にもとずく勇気ある行動が要請されていた。

市民社会の法について 広中俊雄実定法解釈論:
<法の体現している「正義=権利」>
立法者を中心とした支配者が考える正義にほかならないのです。
社会的に排除されている少数者の正義=権利は、この段階ですでに法の世界から駆逐され
少数者の視点に立つものにとって、理解しがたい不条理に映る最大の原因はここにあります。

法の制定の曖昧性は、制定法の正義が立法者の代表する支配者が考える正義ににすぎない。
この曖昧性が市民社会の権利義務によって制限される。
しかし、市民相互によって承認されている権利義務自体が、「法の保障しか頼りにできない人びと」を排除していることを考慮しなければならない。

人間の尊厳(生命、身体、自由、名誉その他の確保)が各人の生存および人格性の条件であるようにという限定を加えることで、
社会意識に潜む「他者の排除」を防止しようとする。



遠藤さんは、「人間の尊厳」について「対話」を継続していくことが、「憲法学」の中身である。
と、あとがきに書いていらっしゃいます。
今、自民党が安定多数を得、国会で改憲論が噴出していくことでしょう。
(日本社会の根幹にあるデモーニッシュな構造「言葉を意図的に曖昧にすることによって嘘をつく」)
国家が市民社会を管理するのは違憲なのだということ、
そのことを肝に命じたいと思います。

本の序章として書かれた人権という幻に、「原風景」として載っている釜ヶ崎の裁判の話を
いろいろな方に読んでいただけたらと思います。
人間の身勝手さや差別の意識、
本当に人権というものがあるのなら名付ける必要もなく、
人権という言葉は生まれなかったのだろうと思います。





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