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4月21日の東京新聞朝刊「筆洗」に。

虐げられたもの、スポイルされたもののみなが、より弱いものにはけ口を向けるとは思わない。
でも・・・

東京新聞4月21日朝刊「筆洗」

My name is Luca
  ・
  ・
Do not ask what will was to me



18 years of pain
Fact of my life



間違っていることに気づいてほしい。
(いえ、気づいている。でも・・・)

弱いものに振り上げる手は、
それを作り出した元凶にこそ向けなければならないと。

何に苛立ち、怒っているのか、
自分の心の内を見つめて欲しい。

おとなもおとなになれなくて、途方にくれている。
(おとなってなんだろう・・・)
蔓延する閉塞感

自分より弱いものを探さないで、はけ口の矛先として。



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 2014_04_24



今日は生活クラブの配達の日
頼んであった石牟礼道子さんの文庫が届いた。
味輝パンのクロワッサンをかじりながら、さっそく本を開く。

食べごしらえおままごと (中公文庫)食べごしらえおままごと (中公文庫)
(2012/09/21)
石牟礼 道子

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「本の花束」に、“貧乏、ということは、気位が高い人間のことだと思いこんでいたのは、
              父をみて育ったからだと、わたしは思っている”と本の一節が紹介されていました。
題名とともに、その一節に魅かれて 今ここにある本。

ときどき朗読したくなる本に出合う。
石牟礼道子さんの「食べごしらえ おままごと」もそんな本の1冊でしたよ。

読んでいると、行間から心地よいリズムが。
(誰かに聞かせてあげたい。そんな欲求が湧いてくる)
そして、書かれた言葉が情景として鮮やかに立ち上がってくる。


言葉は時として真実を語らない。
幾重にも衣をまとって覆い隠す。
それは「言葉」の罪ではなく、手繰る者の罪。

美しい心で、美しさを。
操らず、言葉のあるがままに。

「たくさんの想いが湧いてくるこの小さき本よ」と、不遜にも愛しく声をかけたくなりました。




 2014_04_22



夕刊を手にしたとき、
思わず「美しい・・・」と。

空白の妙
「白」の際立ち。

紙面の上1/2に配置されているのは
斜めに宮沢賢治の「春と修羅」序(抜粋)が
その左には矢印のように水色の水玉
右にはグレーの地色に鳥の形の染みと大小の   
東京新聞4月19日ビジュアル夕刊「放射線を撮る」

・・・よく見ると 
水玉も、詩の断片の文字列も、
鳥の形をしていることに気づく。    (紙面デザイン・鈴木薫さん)

表題は「放射線を撮る」(2014.4.19夕刊1面)
 

可視化された放射線。

怖ろしいものを、美しいと見てしまったことに恐れを感じながら見入る。読む。

放射線写真は2012年1月飯館村の牛舎写真家の森住卓さんが拾い、
東大名誉教授の森敏さんが協力して写真にしたものだそうだ。

『鳥の形に見えるのは、キビタキが全身に被ばくしているため。
「翼の黒い斑点は、羽や体に降り注いだ放射性物質。
 腹部の色が少し濃いのは、昆虫や植物を食べて放射性物質が胃に直接入ったり、
 筋肉に蓄積したりしたのだろうと森さん。
また、森住さんは「福島の動植物の被ばくを何とか見える形にして、事故の風化を食い止めたい」と話す。

宮沢賢治は長い時間軸でものをみつめーーー遠い未来の人々の視点に想いをはせた。
これから二千年もたった時代に生きる人々は、はるか昔の人間が残した放射性物質に、何を思うだろうか。
自然豊かな福島に放出された放射性物質が消え去るまでのほど遠い時間を、今こそ想像したい。』
と文は結ばれていました。

東京新聞4月19日ビジュアル夕刊「放射線を撮る」8万年の月日
           (以上紙面より 文・岩岡千景さん 藤川大樹さん 抜粋引用させていただきました)

ないことに、
なかったことになどできない。
それなのに、
臆面もなく切り捨てる国と、同調する利益を得ることに汲々とする人の群れ。

滅びなければならないとすれば、そういう者たちが滅びるべき。
子らを生贄にしてはならないと思う。

忘れることが生きるために必要? 
否、忘れてはならない。  自らに引き寄せねば。






 2014_04_21



4.16付東京新聞の夕刊「紙つぶて」欄に、中央大法科大学院教授の野村修也さんが書かれていました。
東京新聞4月16日夕刊紙つぶてから『ヒストリエとゲシヒテ』

記録と物語 (叙事)文と(叙事)詩
書き手は主観を排することができるでしょうか。
その主観は時の価値観を反映し、権力者、勝者の側に立つのは必然。

同日の夕刊社会面に、
「護憲PR電車 運航中止」土佐電鉄「意見広告」批判受けという記事が載っていた。
昨年まで憲法記念日に合わせて走らせてきた護憲をPRする(守ろう九条・二五条を)路面電車の運行を、
今年から中止することがわかったという。
昨年5月市民からの電話やメールで「意見広告」だとの批判があったそうだ。
昨年までは、国民の義務として憲法を順守しようとの趣旨で認めていた。
今年は、安倍政権下で改憲論議が活発化しているので意見広告と受け取られかねない
・・議論のあるテーマについて、公共交通が一方の意見を流すのは本意ではない。とのことだ。

至極まっとうなご意見と思いつつ、
反骨の人はいないのだなと思う。
公共というものの危うさを思う。

人はどこに立脚して物事を観、どう判断するのだろう。
権力に抗い続け対峙する人がいて、はじめて(権力側と)均衡を保つものではないかと思う。

素直な物わかりのよい、権力に都合のよい人間になってはならないのだと思う。
そんな反骨者の矜持を持って物事を推し量らねば。



 2014_04_17



録りためていたWOWOWドラマ「人質の朗読会」を観ました。
原作は小川洋子さん
人質の朗読会 (中公文庫)人質の朗読会 (中公文庫)
(2014/02/22)
小川 洋子

商品詳細を見る

ずいぶん前のこと、芥川賞を受賞した「妊娠カレンダー」を一読して、好きな作家ではないと思ったものでした。
それからしばらく経って、映画「博士の愛した数式」を観、静謐で温か、素数・・心惹かれて本を読みました。
映画も本もどちらも好きなものの1本、1冊になっています。

人質5人の、それぞれが朗読するどのお話しも心を捉えましたが、
5番目のお話しの冒頭に挿し込まれた
人質の女性が閉じ込められた廃屋(?)の窓下に見つけた
埃と砂に隠れた4行の(ナイフで)刻み書かれた文

con los pies en una corriente
fresca es bueno lanzar
Un hilo al agua
Sa carlo y tirarlo al agua de nuevo

記憶は ひんやりした流れの中に立って
糸を静かに投げ入れ 釣り上げては
流れの中へまた 放すがいい

アーサー・ビナードさんの「釣り上げては」の詩の一節でした。
(もちろん、設定として当然ビナードさんの名は出てきはしませんが)

その物語の中で、朗読する女性は朗読のために書いていた文の代わりに
記憶の深くに糸を垂れ言葉を紡ぎます。

心の奥深く静かに眠る記憶は、
忘れているのではなく大切にしまわれているものです。

愛おしくそっと深みから取り出して心を満たし、また静かに戻すのです。

この詩を選びとる小川洋子さんが好きだなぁと思ってしまいました。





 2014_04_07




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