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いまのこととして読もうとした辺見庸さんの著書は、小泉政権時(2002年)に発行されたものでした。

永遠の不服従のために (講談社文庫)永遠の不服従のために (講談社文庫)
(2005/05)
辺見 庸

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小泉から具現化され、そのフィニッシュを安倍政権が担おうとしている。
党としての国の到達点はここにあったということだ。なんて物事に疎いことだろうと今更に知るのです。

{自己幻想は愛国心やナショナリズムという形で共同幻想(=国家)に侵食されている。
 共同幻想の解体 自己幻想の共同幻想からの自立は、根本的な本質的課題である。(吉本隆明『共同幻想論』)}

国家の貌
柄谷行人氏の
「国家は共同幻想だというのは、内部から見たときにのみいえることです。国家は、何よりも他の国家に対して国家なのです。
共同幻想という考え方はそのような外部性を消してしまいます。」が引用され、

誤解だ歪曲だと自国の者たちがいくら歯ぎしりしようが 他国の目にそのように映じてしまった像こそが、
その時の国家の実像ということにもなるのでは。
国家はひとりであるのでなく、他の国家に対して国家なのだから
また、国家を内側から見たときと、国家が外側から見られたときの「視座」のようなものについての感性が聡いかどうか
と書かれています。

橋本・麻生・安倍という政治家(屋!?)だけではなく、
もともと、そういう微妙なズレを意識しない、歯牙にもかけない人々が溢れている。
慰安婦発言や改憲についてのナチス発言、そしてその延長線上にヘイトスピーチがあると思うのです。

不敬
“不敬者”を、公権力に成り代わって痛めつける
不可視の組織ーその所在を、
どこまでもたどっていくならば、もしかしたら、
私自身の神経細胞に行き着くのではないでしょうか。(T氏のメールから)   本文引用

君が代を歌うこと、日の丸に礼をすること、
そのどちらも御免だと思うわたしは、
安倍氏の伝で言えば、左翼という言葉で一絡げにされてしまうことだろう。

思想、思考は個々人の中でどう形成されていくのだろうと思う。
同時代性はない。
環境、資質、etc etc

この章を読んでいると
連綿と続く日本という風土(それとも作られた歴史?)が産み続けている意識下の意識の存在を
嫌も応もなく考えさせられます。
T氏のように行き着くのだろうかも含めて。

いま、抗暴のときに (講談社文庫)いま、抗暴のときに (講談社文庫)
(2005/08/12)
辺見 庸

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抵抗論 (講談社文庫)抵抗論 (講談社文庫)
(2005/11/15)
辺見 庸

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辺見庸さんのこの3冊をもって抵抗3部作と言われているそうです。
まだ、読み始めたばかり
立ち止まって考えることしばし、読み終えるにはまだまだ時間が必要のようです。

知識だけでは、何も変わらない。
そのことを肝に銘じながら。





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 2013_08_28



奪われた自由を自らの手で取り戻したというプライド、本当の自由の意味を忘れないということだろう。と、
四日市大学教授(カリブ文学)山本伸さんの一文にあった。

東京新聞8月15日夕刊『世界の文学』
           (東京新聞8月15日夕刊より転載)

考える自由、考えない自由。
動く自由、動かない自由。
いずれを取るかは、逆にその人間のプライド次第だ。 と続く。

(紹介されているアール・ラブ(ヴ)レイスの著書は、まだ日本では発行されていないようです。
みすず書房から「ドラゴンは踊れない」の1冊のみ。“語りの名手”と呼ばれているのですね。)

どこを『中心』とし、何を『力』と考えるのか。
イギリス至上主義の既成概念から脱し、
見せかけでない、真の黒人としてのプライドを担保してこそ、
『自由』は構築できる
のだと作者ラブレイスは言いたいのだ。
逆もまた真なり。
Liberty in Our Pride(「わが誇りの中に自由あり」)である。 と、結ばれている。

アメリカ至上主義(もしかしたら政府ではなく主体は多国籍企業なのか?!)の既成概念から脱し、
見せかけでない、真の日本人としてのプライドを担保してこそ、「自由」は構築できる。
そう読み替えてはいけないでしょうか?

蹂躙されるままでは!と、
基地に思う。



 2013_08_16



朝、新聞を読んでいた夫が顔をあげ「終戦記念日をなぜ休みにしないのだろうね。」という。
真意がわからずに、今の政府の在り方を見ていたら記念日になんかしたくないと思うと答える。
「なぜ?」

そうでした夫の言うようにこの日を記念日(この言葉でいいかどうかは別の問題かもしれませんが)にしていたら、
きっと、もっと平和について真摯に考える政府や国民が育っていたかもしれません。
「本当にそうね。」


今朝の東京新聞特集欄に、
料理研究家の辰巳芳子さんと批評家若松英輔さんの対談が掲載されていました。

その中で若松さんは、
「辰巳さんは多くの兵士が戦闘行為ではなく、飢えによって亡くなられたことに、強い憤りを持っておられますね」と。

それに答えて 辰巳さんは、
「今の政府は直接関与していないけど、政治に携わっている人に責任は、ずっとつながっていると思います。
戦死だけじゃなくて、飢え死にさせたことに特別な謝罪があっていい。

日本の政府は一度もわびていません。お気の毒だけれども、天皇陛下もそうだと思う。
戦没者追悼会で悼む言葉のあとにひと区切り、
飢え死にさせたことは、どれほど悔やんでも悔やみきれるものではないという言葉が出てきてもいいと思う。
それを言わない限り、日本という国の体質から抜け出せないのです
つまり国としての生命観の欠落。これは日本の体質なんです。」と。

命についてをこれほどまでにないがしろにするのはなぜか?と理解できずにいました。
“生命観が欠落している”そう思うと何もかもに合点がいきます。

食の根源、命の尊厳を根本的に揺るがすものを我々は許すことはできないのだということ。


対談後記で、社会部長の大場さんは書かれています。
「食べることは、生きること、人間であること、いのちの手応えにふれる行為です。
~多くの日本兵が餓死しました。兵士である前に人間であることを国家から否定された。
辰巳さん憤りはここに発しています。
二人の対話は示唆に富みます。
問われているのは私たちの覚悟にほかなりません。」と。





 2013_08_15



日本は、
イギリスBBC放送で、汚染水漏れが制御不能であることを認めたそうです。

国内のメディアにも伝えられている?
報道しないだけでしょうか。

阿部首相は、6日広島で原発を推進する考えを強調している。
何という矛盾

チェルノブイリ事故から27 年。3.11の福島原発事故から2 年5 ヶ月
これから日本では何が起こりうるのか、そして私たちはどう生きるのかについて考える
DaysJapanのイベントがあります。

DaysJapan.jpg

会場:横浜市開港記念会館

歌と語りによる「チェルノブイリと福島」予約申し込み先
講演:斎藤美奈子(文芸評論家)、井戸川克隆(元双葉町長)、アーサー・ビナード(詩人)

3.11DAYS行動する会シンポジウム「もうがまんできない」予約申し込み先
怒れる出席者:広瀬隆(作家)、藤田祐幸(物理学者)、田中三彦(元原子炉設計者)
秋山豊寛(宇宙飛行士)、中嶌哲演(原発設置反対小浜市民の会、明通寺住職)、相沢一正(茨城県東海村村議)
矢部忠夫(新潟県柏崎市議)、大信田尚一郎(三陸の海を放射能から守る岩手の会、元教員)
広河隆一(DAYS JAPAN編集長)


E-mailでの申し込みはこちらから



 2013_08_07



東京新聞8月3日朝刊1面から
                      (東京新聞8/3朝刊1面より転載)
2011年5月以降、放射性トリチウム(三重水素)の漏出量は約2年間で20兆~40兆、海に漏れたと東電は試算している。

それ以前の7月22日、高濃度汚染水が地下水と混じり海に流出していると発表し、港湾内の海水は1-4号機取水路北側でトリチウム濃度が2300㏃/Lまで上昇していると。翌23日には内陸側の観測用井戸で採取した地下水は、ストロンチウムなどベータ線を出す放射性物質が15万㏃/L検出と発表されています。

大量のトリチウムが、海に放出され続けています。
トリチウムは、核燃料再処理工場や重水炉で大量に排出されるため、フランスのラ・アーグやイギリスのセラフィールド(どちらも核燃料再処理工場)で、既にその影響についてある程度分かっているのだそうです。
「福島第一原発からの放射能汚染水が及ぼす影響」について:Experts Explain Effects of Radioactive Water at Fukushima (AKIO MATSUMURA FINDING THE MISSING LINK 2013年6月5日)
 汚染水の海洋放出 ガンを誘発する~
(上記ブログ:カレイドスコープに日本語訳が掲載されています。ご覧ください。)

原子力規制委員会が 六ヶ所核燃料再処理工場のパブコメを(8月15日締切)募集しています。
「使用済燃料再処理施設・核燃料加工施設・試験研究用等原子炉施設の新規制基準骨子案及び核燃料物質の使用施設の新規制基準の考え方(案)」に対する意見募集

六ケ所核燃料再処理工場は原子力発電所約30基が1年ごとに取り替える量に相当する800トンの使用済燃料を毎年扱うということになっています。
再処理とはプルトニウムを取り出すということです。(使用済み燃料棒をせん断して硝酸に溶かし、科学的にプルトニウムを分離する)
再処理することによって、更に高レベルの放射性廃棄物が生成され、空に海に放射性物質が放出されることになります。


東京新聞8月4日朝刊社会面から
                      (東京新聞8/4朝刊 社会面から転載)
2011.3.11津波で流出、漂流した気仙沼の船⇒米国沖太平洋漂流⇒フィリピン沖(13.6月沖縄付近で発見)⇒対馬海流⇒日本海⇒福井県沖で回収

“海はつながっている”

友人のひさごんのブログにも、ご覧ください。
8月15日(木)まで再処理、核燃料関連新規制基準のパブコメ募集中


 2013_08_05



数日前、埼京線に乗り換えドア付近の座席前に立っていたときのこと。
目の前に座っていた女性が「チッ!」と舌打ちをした。

思わず目をやると、隙間なく座る隣の男性の肩を押し返した後のようで、
舌打ちした女性の目は怒りをあらわにしていました。

確かにきつそうです。
端まで目をやると、7人掛けの座席に男女合わせて7人の方が座っていました。
でも痩せた方は一人もおらず、舌打ちされた男性の向こう隣りの女性も小太りの方でした。
(その方は居眠りしていてその男性に寄りかかっていました。耐えているのは男性の方でした。)
男性はまっすぐ座っているだけのようですが、何と言っても窮屈。

(一人でも痩せた方が座っていれば無用の小競り合い、
そのことに気づかれればいいのに、などと思いながら電車に揺られていました。)

「チッ!」という舌打ちは その後もう一度聞こえてき、
その目つきや態度が下卑てみえ、なんて下品な人だろうと嫌な気持ちになりました。

新宿に着くころには、車内は満員でした。
例の女性も下車駅だったのか起ちあがり、
目の前に立つ私に穏やかな優しい目を向けたのです。
先ほどまでの気配は微塵もなく、まるで別人にみえました。
(こんな雰囲気の人、嫌いじゃないなぁ)

人はいつも同じではない。
清濁併せ持ったものとしての存在・・・
自分自身はどうなのだろうという反省も込めて考えた出来事でした。


笑っているね「目」
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石垣島・米子焼きのシーサー、見ているだけで一緒に笑いたくなる。
この広やかな無垢な目と感じさせるものはどこからくるのだろう。

8月1日付東京新聞「筆洗」欄に、
作家の沢地久恵さんが、以前アフガニスタンで井戸を掘ってきた医師の中村哲さんとの対談で
「日本がアメリカの準州か、何番目かの州になれば、沖縄にあんな基地を置けないですよ。
アメリカの国内問題になるから」と語られたと掲載されていた。

そして、-極論ではない。米ニューメキシコ州の基地では新型輸送機オスプレイなどの夜間・低空飛行訓練に反対する住民に配慮し訓練は延期に。
ハワイでも~オスプレイの訓練が事実上、無期延期になった。- と続く。
また、-「首都圏がこれほど外国軍によって占拠されているのは、おそらく世界で日本だけでしょう」
(前泊博盛編著『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』)沖縄だけの問題ではない。
国家の主権とは何かを心底考えさせられる。- と結ばれている。

本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」 (「戦後再発見」双書2)本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」 (「戦後再発見」双書2)
(2013/02/28)
前泊 博盛

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TPP戯れ歌で、いつの間にか属州になったらしいと揶揄したけれど、
この国の現状は、本当に植民地なのだと思う。

拒否する権利もなにも 持たない・持てない・持たさない 
「傀儡政権をずっと続けてきたのだもの、国家の主権など存在していない。」
そう思うといまのあり様がよくわかる。

何をすべき?
(本当に心から笑える目を誰もが持てる。そんな日が来ることを目指して。)



 2013_08_05




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