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東京新聞の夕刊に連載されている「この道」、落合恵子さんの連載は14回目(6/25付)となった。
「あらがい」と見出しにある。

“抗い”抵抗すること。

― 暮らしから乖離した抗いはない
  暮らしを破壊したものとの抗いは、
  あくまでも過去から現在に続く暮らしの中にある。― と文は結ばれている。

生きてきた世代で物事を捉えるのは無意味と思う。
けれど、
生きた時代の醸し出すもの 背景は、そこに生きる人の心を養う。
或いは傷つける。つくる。

私を、私とするもの
心の中をみる。

理不尽であること、不条理なものへの怒り。

「抗い=抵抗」と名付けるには、相手が誰であるのかを自覚していなくてはならない。

「あらがい」という言葉には勝利する響きがあるのかないのか。
(悲壮と隣り合わせに在ると感じるこころ)

私の中にはなかった言葉。
とげのように刺すのです。





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 2013_06_27




Rajaton - Dobbin's Flowery Vale (2010年公開の映画「森聞き」挿入歌)

復興庁参事官のツイッターに書き込んだ 余りに率直なことばに呆れ、見識を疑った。
今では、彼にとって自分の考えたことは大多数の人の意見だと見誤っていたことについてを、反省していることだろう。
そのつぶやきの中に「白黒つけずにあいまいなままにしておく」というのがあった。
官僚(国家公務員)として初めに覚えなければならないことは、言質を取られないための会話術(答弁?)と聞く、
参事官ともなると よほど優秀だったということなのだろう。

「死の商人」さながらの阿部首相の原発輸出行脚。
「工業品」輸出拡大のために「農産品」関税撤廃の譲歩はTPPの方針。
高市早苗の「原発事故で死者はなし」発言。
(産む性の女性は「命」の優位性を男性よりも強く思う・・政治屋になるとその部分まで切り捨てる?!)
「国」は、時が経てば忘れるであろうとする「福島」
経済利益の前にひれ伏すしかないであろうという「国」。
良心はどこにあるのだろうか。
(愛国心を云々する前に国民への愛はあるのかないのか、問うこと自体不毛)

東京新聞コラムから『生活保護法の「改正」?』
    (東京新聞2013.6.20「本音のコラムから」)

同日の記事に「生活保護を不当停止」、ケースワーカー「働く意欲ない」
40代男性、栄養失調で搬送、の見出し・・・
(数日前には、数千万円不当に受給し返還を求めることが取りざたされていた。)
鋭い痛みが 深く深く刺し貫く。

何ができる




 2013_06_21



6月6日(木)浦和で、八王子中央診療所・所長「障害児を普通学級へ・全国連絡会」世話人、
雑誌「小さい・おおきい・よわい・つよい」編集代表で、2011年6月から「子どもたちを放射能から守る
全国小児科医ネットワーク」の代表として「こども健康相談会」を続け福島の子どもたちに寄り添われている、
山田真さんの講演会がありました。

「昨日福島で甲状腺がんが増えているという発表がされました。
今までの例だと幾つかの新聞社からインタビューや問い合わせが飛び込んでくるのですが、何も来ませんでした。
東京新聞だけが福島のことをずっと書いてくれていますが、何も載っていない。(※)
福島の問題が風化しているなぁ、誰も驚かない。
もっと詳しく知りたいという記者魂が発揮されないのかなあと。悲しい話だと思います。」
                              (※東京新聞では翌7日夕刊に記事が掲載されました。)

そう、山田真さんの話が始まりました。

森永から福島へ

森永ヒ素ミルク事件:1955年、全国で2万人の赤ちゃんが、ヒ素の入ったミルクを飲んで中毒になった事件です。
大規模な食品公害の最初でした。
当時は低賃金の労働力として女性に働いて欲しい時代だった。  
何とかして働かせようと、人工栄養(ミルク)のほうが母乳に足りないものが入っている子どもの発達にとってよい と宣伝した。
そのため売れすぎて需要に追いつかず、古い牛乳を使ってミルクにすると溶けにくいので溶けやすくするために
第2リン酸ソーダを添加することにした。その第2リン酸ソーダが業者から間違って食品用ではない工業用を
卸され、化学物質の中にヒ素が混入していたために、そのミルクで赤ちゃんが中毒を起こしてしまった。
森永は1年後、国とともに健診をして全員異常がない。
将来にわたって健康に心配がない。後遺症はなしとした。 40年経って同じ事を福島で見たと思うのです。
 ↓ 14年経って
大阪の一人の養護教諭が、生徒の中に森永ミルクを飲んだ障害を持っている子どもがいることを知り、
実際は被害があるのではないかと思った。
そのことがきっかけとなって、14年目の訪問が始まりました。
 ↓    
今は医療保障をするという制度ができ、
森永の被害者のどんな健康被害についても、森永が全額支払うということになっています。
いろいろな病気が出てくるのではないかと心配しましたが、40年経って被害者は50代の半ばになり、
幸いなことに特別なことはなく(※1)、安心して見届けたと思っていました。
(※1 点滴による注射針の汚染でC型肝炎のウイルス保有者だけは一般の人より多い)

一昨年の3月11日こういうことが起こって、本当は福島の子どもたちも30年、40年というタイムスパンの中で
何が起きるかわからないので見続けていきたいのですが、今度は私もとてもそれだけの時間がありません。
何かとにかく起きた時に、森永の場合のように生活保障や医療保障などが受けられるような専門的なものを
つくっておきたいのですが、まったく何も出来ない状況ですし、これから何年か見ていればそういう制度が
出来てくるのかというと出来てくる見込みもない。敢えてそういう制度をつくらないという形になっている。
これをどうしたらいいのかというのが今の私の課題です。

福島についても私たち小児科医は「放射能から子ども達を守る全国小児科医ネットワーク」をつくりましたが、
守るのではなく見守ることしかできないのが現実です。
森永の子どもたちは一時的に飲みましたが、ミルクが原因と分かってからは飲まないという状態でしたので
身体の中にヒ素がだんだん増えていくということはありませんでした。
放射能に関してはとりわけ福島のような線量の高い地域では、日々身体の中に蓄積していく状態なので非常に
心配です。

私は医者ですから特に放射能による健康障害のことについてお話しなければならないのですが、
福島で、東京で、健康相談会を何回も重ねてきて、なにも言えないという状態です。
「将来どうでしょうか?」と聞かれた時なにも答えようがないということが現実なので、
その辺についてお話したいと思います。

進化医学(ダーウイン医学)

私がこのところ興味を持っているテーマは進化医学です。

興味のある方は読んで見られてはとお勧めくださった本
病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解
(2001/04/15)
ランドルフ・M. ネシー、ジョージ・C. ウィリアムズ 他

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人間は長い歴史の中で環境に適応するように自分の体をつくってきた。
私たちの体はもともと防衛力を持っているのです。
進化してきた中で、実は進化の中で病気も人間に必要 病気になるように組み込まれているのではないか、
病気になったときにいろいろな症状が起こってきますが、
その症状の多くは、実は身体を守るために起きているのではないかという考え方です。

人間が本来持っている防衛力、
(自然治癒力、免疫力を持っている。)
そういう観点から症状を見直してみようじゃないかという。

生物界を眺めると爬虫類などは感染症にかかると温かいところへ移動していく。
感染症はウイルスか細菌かなんですが、熱に弱い。
発熱は身体を守るために備わっているのです。

38~39℃くらいでウイルスは死滅する。
赤ちゃんは体温調節ができなくて40℃くらい出ることもあるが下げる必要はなく、
下げるとしたら緩やかに下げなくてはいけない。

進化の過程で、良くないものが入ってくると下痢したり、吐いたりする。
子どもが吐くのも基本的には半日くらいで自然に止まる。
なぜ止まるのか・・・  
   吐くことによってウイルスが身体の外に出たか、
   奥のほうにまで(腸内)入ってしまったので止めたのか。
下痢も5日~1週間我慢していれば止まる。(ウイルスが全部出ていくまでの時間)
本来は吐くのも下痢するのも止めないほうがよい。
日本でも最近では3歳以下の子どもには下痢止めを出さないのが普通になってきました。

胎児は腸から出来、そこからいろいろなもの(脳も)が発生してくるわけです。
(腸が一番先に出来る臓器)
腸は第2の脳と言われますが、もともとは一番考える臓器です。

人間の体に備わっているものがある。
病気についてのメカニズムもある程度分かってきて、それについて人間の体がどう守るかもわかってきました。

人間の体が想定していない放射能・化学物質

放射能や化学物質についてはわかっていない。
もともと自然放射能があるのだから人口の放射能が来ても大丈夫だろうというけれども、
ある限度量のものに対する防衛策しかもっていない。
それ以上のものを予想して体が蓄えているということはないのです。

放射線の高い地域(中国やインドの一部)では実はがんの死亡率が高いのだとか、
或いは、長い年月をかけて風土に合うように体をつくってきていると言われています。
(環境に合わせて体がつくられてきている。)

6か月まではお母さんの免疫力がある。
その後本来であれば自然にウイルスが体に入ってきて抗体ができる。
予防接種は種火、外から野生のウイルスの刺激がないと抗体がつくられず効き目が切れてしまう。
進化医学的にいうと、本当に危険な病気については予防接種でという必要があるかもしれないが、
自然に治る病気のウイルスにまで予防注射をすると、体が強くなるのではなく弱い子になってしまう。
自分の力では何も作れない人になってしまいそうです。

そんな時代ですが、放射能に関してはワクチンもできませんし、防衛の仕方が見つからないのです。
人間の体が予想していないから、その能力を持っていない。
放射線が体の中でどういう影響をするのかということがわかっていないのです。
とくに低線量被ばく、内部被ばくについてはほとんどわかっていないのです。

1つはそもそも 原子力産業を推進する側にとって内部被ばくや低線量被ばくはアキレスけん みたいなものです。
人体にとって有害だとなると原発を推進することができない。
原発の近隣の住民で白血病が増えてきているというのはわかっていても調べてこなかった。
健康被害はないのだからやらない。調査しなくてもいいとずっと来ている。

低線量被ばくの害がわかったのは1940年代前からだと言われていますが、
それ以降、危険だと言ったほとんどすべての研究者は失脚している。
低線量被ばくや内部被ばくを告発すると国際原子力村から弾圧されてしまうので、出世の妨げになる研究は
しないのです。

放射線の人体への影響 
DNA(分子)の切断   
           直接的作用
            間接的作用
DNAが正しく作られないと細胞は死んで成長しないのですが、間違ったものが死なずに増殖するとがんになっていく。
1本でも傷つけられれば、そこからがんが発生することはあるわけです。
許容量と言えるものがないのです。

放射能だけではないのですが、許容量というものはわからない。
安心だとか安全だとか言えないのです。

福島で、一昨年ホールボディカウンターというのが入って内部被ばくを調べたのですが、
その数字の解釈ができない。
測定して困るのは判断できないということです。

食品も政府みたいに、適当に100㏃などと言ってこれ以下は大丈夫と何の根拠もなく言える人は楽なんです
けれども、まじめにきちんと考えようとすると市民測定所などではどこまでと決められなくて困ってしまう。
シンチレーション式だと10㏃以下は細かく測ることができない。
それ以下で安心する人にとってはそれでよくなってしまう。
しかし、ゲルマニウム半導体で測ると3㏃とか4㏃とかでてくる。
すると3でいいのか、4なのかと、全く分からないという話なのです。

私たちがある程度放射能について言えるとすると、広島ービキニーチェルノブイリー東海村
そこに住んでいる人たち、被ばくした人たちがその後どうなったかという資料しかありません。
現実には広島、ビキニの被害は隠されている状態ですし、広島では最初の段階から低線量被ばくはないということにされ、
残留放射線はない、被害は少ないとされた。
(アメリカは広島に駐留するために残留放射線はないとする必要があった)
チェルノブイリにつても、意図的に健康被害がないとしたかったが余りにも甲状腺がんが増えたために
隠すことができず、甲状腺被害しかないとし、あとは放射能恐怖症、心身症だとしてしまった。
今、子どもたちのうちで十全に健康な子どもは2割程度、8割の子どもが何かしら健康の問題を抱えている。
子どもがそんな状態なのは明らかに変なのであって、全体に弱くなっている。
個々に見るとはっきりいえないという。実態は見えてこない。

福島の場合は、最初からなるべく被害を小さくするという報道がされてきてしまった。
健康状態についても直ちに被害はないと言い続けられてきた。実態がよくわからない状態になっています。
養護教諭の方たちに調べてもらっているのですが、特に変化は起こっていないと言われます。
ただ、福島の現地の状況で言うと、何でもないことにしたいという気持ちが強く働いているので、
その報告をそのまま正確に受けとめていいかよくわかりません。

現実にこの2年間で見てきたことは、遠くの宮城や岩手と比べて福島というのは何にもしてもらっていない。
確かに目に見える被害らしい被害はありません。
その上健康被害はないとされていますから、なにも援助する必要がないとされています。
福島の人たちは、本当は不安を抱えているけれど2年経って何にもされないので、放射能のことは考えない
ことにしようとなっているように思います。

放射能のことに触れると、もうそれだけでバッシングされる。
学校の中でも放射能のことを注意しようと言っているのは自分だけになって、孤立しているという先生もいる。
線量を測ってみたところで対策をとれるわけではない。
地産地消が少なくなって、安心安全なものを食べようとなっていたが、
また、学校給食に地産地消のものが解禁されてきている。
極端に何十倍もの線量の違いがあり、ある程度線量の高いところを避けたいので
「マラソンをやめてもらいたい。」「せめてプールだけはやめてもらいたい。」という親の声も無視され、
危険だからという声は通用せず、風評被害が強くなって食べてもらえなくなるからということで、
なるべく何でもないように振舞うとなってきているのが、現実の問題になってきています。


健康相談室を開いても、相談を受けて何かにつなぐということができないので、非常にむなしく感じています。
今しなければならないと思っていることは、
長い時間に渡って、生活保障や医療保障を出来ることにすることだと思っています。

昨年の6月に子ども被災者支援法というのが一応決まりましたが、
1年経っても、福島の人たちやホットスポットの人たちに対して、(支援の中身ができていない)
支援法は実体がないのでなにも実現していません。
実体化するには、被災地を決めなければならない。
どこを被災地域とするか、被爆者手帳を渡すとしてどのくらいの人たちに渡すべきか?
東京に住む人間、埼玉に住む人間を被災者と呼んだ方がいいのかどうか?
すると膨大な地域でこれに医療保障をしなければならないとすると、夢のような金額になってしまい、
現実的にはなかなかできないということになります。
そこでどこで線引きをすればいいのか・・・なかなか進まないということになっています。

ですから、せめて放射線に対して心配している人が、医療機関へ行って健康診断を受けるとき、
健康保険でできるような制度を、実現してほしいと働きかけしています。
せめて健康診断を無料にしてほしい
(健康保険は病気に対して支払われるので、病気ではない検査などに保険制度が適用されることはない。
例えば、甲状腺の血液検査などは非常に高く、とても受けることができない現実がある。)
決して福島の人だけではなく国民全体にとって、将来的にいろいろなことがあっても使える制度 になっていないといけない。

チェルノブイリの状態を見ていても、30年40年経ってどんどん新しい健康障害が発生してくる状態です。
長期間にわたっての保障、放射能による低線量被ばくや内部被ばくなどはきちんとした研究がされないと
いけないと思います。
しかし、「IAEA」のような原子力産業を推進する側に立つ国際組織が入り込み研究体制をつくるので、
決して原発産業に、不利になるような研究結果が出てこない仕組みになっていると思われます。

ヨーロッパなどでは、国の作ったものが信用できないと「ヨーロッパ放射線防護委員会」という市民組織が
できて、データを蓄積し研究しています。しばしば日本にも来て情報をくれています。
ところが日本では私たちの情報は何もない。
日本の体制は遅れている、何とか私たちの力で切り開きたいと思っています。


<質疑応答から>
放射能について関心を持っていくのが大事なことです。
内部被ばくをどれだけ減らせるかは食べ物で気をつけていくということです。
自分たちで測っていくことや産地表示ではなくベクレル表示が必要です。

今、予防注射は三種混合、はしか、風疹くらいしておけばよいと考えています。
それ以外は、必要となったときに接種すればよく、大人だから接種したあとの症状が重くなるということはありません。



 2013_06_10



100人以上が参加され「六ヶ所村ラプソディ」が上映されました。
その後2回目の監督トーク:「核燃サイクル、今なぜ再処理か?」
鎌仲ひとみ監督トークa
                                                    ( 写真はパクちゃんから )

「六ヶ所村使用済み核燃料再処理工場は、使用済み核燃料をプルトニウムと高レベル放射性廃棄物とに分離する、再処理工場です。
高速増殖炉は、その再処理されたプルトニウムを使用しナトリウムを冷却材としています。
日本以外の国では、事故が起きても水を使用することができない(なぜなら瞬時に爆発を起こすから。。)高速増殖炉は余りにも危険と撤退しています。」

「世界の趨勢は再処理ではなく、乾式で使用済み燃料を目視できるところに保管するという流れになっています。」

「核廃棄物の最終処分場が決まったのは今まで地震を経験したことのないフィンランドだけです。
高レベル放射性廃棄物最終処分場オンカロの岩盤(約18億年前に形成された)の厚さは約50キロ。
穴を掘り、金属の筒(キャニスター)に入れた使用済み核燃料を埋める。
地震大国で、掘れば水が湧き、軟弱な地盤の日本では地下に埋める最終処分はあり得ません。」

「再生可能自然エネルギーに変換していくことだけが全てではなく、
エネルギーを使わない(省エネ)ことが必要です。
原子力発電は、核分裂によってお湯を沸かし、それを電気に変換しています。
そのうち2/3がロスで、実際に電気として使える量は1/3ほどです。
そうしてつくられた電気をまた熱に変換させて使うことほど非効率なことはありません。」

「六ヶ所村は風の強いところです。
六ラプに登場した菊川さんは、風車は立てられないけれど、
チューリップ(風車ーオランダーと連想したそうです。)だったら植えられるとチューリップ畑をつくられたのです。」
                             (心に残った言葉や断片を書き連ねました。心の覚書なので正確ではありません)

“できないことを嘆くのではなく、できることから始めればいいんだよ。  
一人ひとりは非力でも、つながることで、たくさんのできることが生まれてくる。
そして社会は変わらずにはいられなくなる。”
そう、鎌仲監督は柔らかで温かな包み込む声で伝えてくださっていました。

福島の講演先からお出でになったという鎌仲監督の本
売上金は福島の子どもたちが九州へ保養に行く資金になるのだそうです。
img137_20130605165608.jpg
子どもの未来社ブックレット(定価700+税)
img138.jpg
岩波ブックレットNO.810(定価500+税) 


この会を催してくれた「入間から発信!ずっと暮らし続けるために動く会」 は、
持続可能な世界を次世代に残すために何ができるだろうと、2012年5月に発足した会です。
毎月、第一土曜日(原則)13:00~イルミンで勉強会をしています。DVDや資料などたくさんあり、テーマは毎回自由に決め、どなたでも参加できるそうです。
次回は、7月6日(土)13:00~イルミン1F・活動室5で。6月16日(日)は産文センターで行われる入間環境フェアに展示参加するそうです。
そちらにも足をお運びください。


 2013_06_05



6月2日、鎌仲ひとみ監督2倍トーク!!in入間(イルミン)

「六ヶ所村ラプソディ」=特別同時上映=「シェーナウの想い」のお手伝いに行ってきました。

午前中に上映された「シェーナウの想い」は、ドイツの南西部、黒い森のなかにある小さな町シェーナウ市の
市民グループが、チェルノブイリ原発事故をきっかけとして“子どもたちに自然エネルギー社会を残す”ために、
さまざまな困難を乗り越え電力供給会社をつくり上げていった映画です。



ドイツでも推進派と反対派との差が拮抗していたことをこの映画で知りました。
日本に置き換えるとき、昨年までは80%以上の人々が脱原発、
原発はいらないと考えていたことを思うと、
その後の日本における社会の流れは、
それぞれの人の想いの深さ、どれだけ自分のこととして捉え行動できたか、
有効な手立てを考ええたのかと・・・心もとなくなります。
ただ、大きな違いはドイツが発送電分離であったこと。
そこが日本では大きなネックになって、道を阻んでいるのではないかと思うのです。

「シェーナウの想い」はDVDを無料でお借りすることができます。
あすのわ:映画『シェーナウの想い』

鎌仲ひとみ監督トーク :「地域エネルギー自給は可能か?」

地域エネルギーを自給するには、発送電分離であることのほかにも
小規模の電力を買い取る制度の拡充が必須と話されます。
長野県上田市にあるNPO法人上田市民エネルギー太陽光パネル≪相乗り君≫は、(太陽光発電に
適した東信地域の広く日当たりのよい屋根に、屋根の持ち主=屋根オーナーが 太陽光パネルの設置
検討する際の空きスペースに、他の人が設置費を出してパネルを相乗りさせる取組。)屋根オーナーと
パネルオーナーが資金を出し合って太陽光パネルを増やすプロジェクトで個人設置に比べて、幅広い
層の方たちや他地域の方も太陽光発電に参加が可能になりとても増えているそうなのです。
(鎌仲監督もパネルオーナーになっているそうです。)

後刻の質疑時間に、参加者のお一人から、
太陽光パネルの廃棄時の問題についてどう思われるかの質問がありました。
それについて鎌仲監督は、こんな風に答えていらっしゃいました。
「太陽光パネルが廃棄されると環境に有害という論議がされるけれど、
原発の放射性廃棄物は環境に対してクロです。
太陽光パネルはクロずんだミドリかもしれない。
それをミドリに変えていかなくてはならないけど、先ずはじめはクロずんだミドリでもいいじゃない。
それをきれいなミドリに変えいくための一歩にすれば・・」と。

質問者のおたずねは、環境を考えるとき、陥ってしまいがちな
論議のすり変わりにからめとられてなのだと思う。

“一度に緑にはできないかもしれない。 でも段階を踏んで緑にしていけばいいんだよ。”
という考え方にとても心が軽くなりませんか?

こうでなければならないにがんじがらめになっていてはダメですよを感じた瞬間でした。






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