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晩春

Category: 雑記  

4月の第3水曜日、小川町で書のお稽古。

いつも書の日は、高さんと早めに着いて
その日の気持ち次第で、べりカフェだったり、わらしべでお昼をいただきます。

「カタクリの花を見に行きましょう」と高さんに誘われて、駅前のお弁当屋さん?でお昼を調達。
カタクリの里を目指しました。

春うらら
千間山の方向にひたすら歩きます。
川沿いにあるはず・・・のカタクリの群生地
通りかかる家々の庭は春爛漫。。
芝桜、つつじ(これがとても大木なのです)、ヤマブキ、
どれもが色鮮やかに輝いて 美しい。

道を尋ねたくともお昼時、人ひとり見かけません。

千間山の遊歩道入口を入って(登って)いくと、
やっと犬とお散歩中の女性を発見!
道をお尋ねすると、
戻って右に10分くらい行くとお寺があって、まだカタクリが咲いているかもしれませんとのこと。

10分??
行けど行けど見つからず。
道の脇に水路・・さらさらと流れる水は澄んでいます。
そこに生えている緑を、
高さんが、クレソンと教えてくれました。
(見た目だけではなく、本当に清流なのですね。クレソンが自生するほどの)

かれこれ1時間近くも歩いていたことになります。
お腹も空いて、カタクリはあきらめて
先ほどとは別の千間山遊歩道の小道を分け入り(?)
ー鶯が上手に近くのこずえで啼いていますー
スミレが咲く斜面でお弁当を広げました。

おしゃべりを止めると鶯が歌います。
少し離れたどこからか唱和する別の鶯。

書の時間に遅刻して、
今日の冒険?をご披露。

書のお稽古がすんでから、
かわいそうがってくださった師匠と、やっちゃんが運転してくださってカタクリの里へ。
(もう少し行けば入り口付近には着けていた模様)
師匠曰く「この町の人の10分は車で」 「・・・。」

カタクリは葉のみとなって、二輪草が群生していました。
(カタクリの花は3月末が見ごろなのだそうです)
二輪草の里 小川 つばさ師匠撮影


いっぺんに二輪が咲くのではなく
一輪が咲いて、あとからもう一輪、茎をのばし咲くもののようです。
真ん中につぼみを持っている二輪草↓まだ一輪。
二輪草 つばさ師匠撮影

二輪草が咲く中に、
にょきと首をもたげる草を、高さんが「マムシ草」と。
5本ほど生えていたそのマムシ草、よくよく見れば茎は蛇の鱗模様。
鎌首のように曲がった筒状?の緑色が花なのだそうです。(到底花には見えません)
1本だけ鎌首の緑が黒色になったマムシ草は、草むらから首を伸ばす怖ろしげなマムシそのもの。
(植物と動物との違いで、似た姿・色形をしているものの存在があるけれど、 それはなぜなのでしょう?
 とても不思議。 どちらも種を残す手段としてのありようなのでしょうか )

二輪草の咲く中に、たぶん最後の一輪と思われるカタクリの花を見つけました。
じーっと目を凝らさなければ見落としてしまうところでした。
(のんびり屋さんのカタクリの花に感謝)


離れた場所に住まう私にとって、小川という地は一つの桃源郷のようです。
つばさ師匠、写真をありがとうございます。



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 2014_05_07



録りためていたWOWOWドラマ「人質の朗読会」を観ました。
原作は小川洋子さん
人質の朗読会 (中公文庫)人質の朗読会 (中公文庫)
(2014/02/22)
小川 洋子

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ずいぶん前のこと、芥川賞を受賞した「妊娠カレンダー」を一読して、好きな作家ではないと思ったものでした。
それからしばらく経って、映画「博士の愛した数式」を観、静謐で温か、素数・・心惹かれて本を読みました。
映画も本もどちらも好きなものの1本、1冊になっています。

人質5人の、それぞれが朗読するどのお話しも心を捉えましたが、
5番目のお話しの冒頭に挿し込まれた
人質の女性が閉じ込められた廃屋(?)の窓下に見つけた
埃と砂に隠れた4行の(ナイフで)刻み書かれた文

con los pies en una corriente
fresca es bueno lanzar
Un hilo al agua
Sa carlo y tirarlo al agua de nuevo

記憶は ひんやりした流れの中に立って
糸を静かに投げ入れ 釣り上げては
流れの中へまた 放すがいい

アーサー・ビナードさんの「釣り上げては」の詩の一節でした。
(もちろん、設定として当然ビナードさんの名は出てきはしませんが)

その物語の中で、朗読する女性は朗読のために書いていた文の代わりに
記憶の深くに糸を垂れ言葉を紡ぎます。

心の奥深く静かに眠る記憶は、
忘れているのではなく大切にしまわれているものです。

愛おしくそっと深みから取り出して心を満たし、また静かに戻すのです。

この詩を選びとる小川洋子さんが好きだなぁと思ってしまいました。





 2014_04_07



先日、脱原発を目指して活動している種's(たねず)の仲間と「シェーナウの想い」DVD上映会を開きました。
資金もない小さなグループなので、チラシをどこにどう撒くのか、置いていただくのか、悩みどころでした。
友人のパクちゃんから、
毎月第三金曜日に参加している「さよなら原発in越谷」の集会でアピールとチラシを配ってみたらと助言がありました。
FAXでお申込みいただいた見知らぬ方は、当日お訊ねするとその集会・パレードに参加していらした方々でした。
直接声をおかけして来ていただけることはうれしいことです。
でも、それにも増して昨日までの見知らぬ人が、今日を境として想いの一部を共有できる人として
その手を繋ぎ、輪を広げることができていると感じられたことは喜びでした。

その日、夫に「その人たちは全く何も知らない人たちではなかったのでしょ?」と。
そうでした。
輪を広げたのではなく、それぞれの「点」を小さな「面」に変えられるそんな淡い機会を作くることができたのかも?
というのが本当のところでした。
これで良しと喜んでいては自己満足の世界に陥るところでした。(それも時には必要ですが・・)

昨年11月、湯浅誠さんの講演会に参加した時のこと、
湯浅さんの著書
反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)
(2008/04/22)
湯浅 誠

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を通しての知識しか持ち合わせていなかったので、
限定正社員のことや経済特区における労働者問題などの今をお聞きできるものと思っていました。
でもそれはそうではなくて、
ご自分のスタイル(文字通り服装)を変えたこと、それはなぜか?から始まりました。
直接のきっかけは声の届く範囲の限界を感じたことからだったそうです。
事例やデータでは伝わらない
思いついたことをやっていたのではその壁を越えられない。(届かない人が膨大にいる)

人に聞けばいい。思いつかないことを採用すればいい。

今まで会おうとしてこなかった人たちに会う。

「自分の格好から変えてみたら?あんた怖いよ」→18年ぶりに襟付きの服に変えてみた。

反応が違った。特に初対面の人が。

服は象徴的、抵抗感のあるものにあえて手を通してみる。

苦手にあえて飛び込む。今までの外の人に聞く耳を持ってもらいたいから。

いろんな人の大きな課題ではないか?
どうやって自分の意見を広めるか、理解を深めたい。その時に何をするか?

関心のない人に来てもらいたい!願いとやっていることが合っていない語彙矛盾。
活動が固定化したときにできることは二つだけ
1.別の関心から来る人を巻き込んでいく工夫や仕掛け。
2.別の関心にこちらから出向く。

自分の中に社会の多様性を持っているか自己点検を。
(持ち札や球種を持っているか?)
おぼつかないと思ったら増やそう。
・ものの本を読んで勉強するか
・やれる人の話を聞くか
・見よう見まねでやってみるか
家に帰った時から始まるのですよと講演は締めくくられました。

反芻しなければ自分のものとならないものですね。
外の人に伝播しなければ、総数は変わらないことをどこかに置き去りにしていました。
そのことを思い出させました。

2014.1.7に放送されたNHKクローズアップ現代「物語の力で社会を変える」でも、
どう広げていくか、共感者を増やすためにはどうしたらいいのか、が活動している人たちの共通の課題になっていました。
(活動の大小にかかわらず、悩みは共通なのでした。そのことが、事の重大さを余計に感じさせました)
マーシャル・ガンツさんという方が講師でした。
セルフ(私)の物語  
アス(私たち)の物語
ナウ(今)の物語
“私を語るところから物語の共有を。理念ではなく動かすのは感情。根底にある価値観を相手に語ることで共感を得る” 
今の社会のありようを変えるためには、無関心な人たちにどう自分のこととして感じてもらうか。だと話されていました。

これが絶対に有効などという手法はないのだと思います。
信じることを、今いる目の前のひと一人一人に自分の言葉(心の中から発する)で語らなくては。
安きに甘んじることを戒めて。



 2014_03_25


未来予想図

Category: 雑記  

「日本の人口は2100年に5000万人に。50年後には5人に2人が高齢者になるという統計が出ているよ」と、
R25というフリー情報誌を夫が鞄から出してくれました。

ページを繰ると、
週刊東洋経済の山田徹也さんが書かれた「生活水準は2割以下!35年後の未来予想図」が載っていました。
それには、こう書かれていました。

ー日本の人口がピークに達したのは2008年。
 この時の人口は1億2808万人だった。
 2050年に1億人、2100年には5000万人を切るという猛烈なスピードで減少していく。
 明治維新当時の日本の人口は約3400万人だったから、
 150年かけて増えた人口が、100年かけて元に戻る計算だ。
  
 2042年には高齢者人口がピークに達し、3878万人に。
 2060年には、5人に2人が65歳以上で、75歳以上だけでも総人口の26.9%を占める。-
(R25 No.345 P10より引用)
また、終戦時(1945年)の人口は7214万人であったとも。


映画「100,000年後の安全」の中で、
「ここに生命を脅かす危険なものがある」ということを、どう後世の人類に伝えるのかを熟慮するオンカロの関係者たち。
たかだか数千年前の文字さえも読み解けないでいる。
60000年後には氷河期が到来する。その後の生命は、人類は。
・・・地球は存在していく。

「栄枯盛衰、世の理なり」は万国・万物の真理か。

日本人は生き残るのか?
文化は継承されていくのか?
かつて、という言葉で語られるのかと思ったのでした。

それでも、原発はいるのですか。
25日、政府は中長期エネルギー政策の指針、エネルギー基本計画を決めました。
原発は「需要なベースロード電源」と。






 2014_02_26



ビナードさん、ブータンから昨日帰ってきたと、
「吉田照美の飛べ!サルバトール」の中で言ってらっしゃいました。

5日間とおっしゃっていたから、先週の雪で遅れて出発なさったのですね。
(行くことができて本当によかった!・・ホッとしました)

ブータンの都市部では、英語で歴史も教えられていて、国語ゾンカはしゃべることはできても、
自国の歴史を書くことも、考えたことを自国の言語で書くこともできなくなっているとのこと。
日本も3年生から英語教育が義務化され、首長が教育の場の最高権限を与えられようとしていることにも触れられていました。
平等でなくてはならない教育の場に、教育委員会(=国 問題があるにせよ)ではなく
選挙で選らばれた各地方の首長(その地位は不安定)が決定権を持つということは、
教育の均等性を失い、地方格差などというものではなく、その時の首長(いつ変わるかもしれない)の考え一つで、
右が左に、赤が白にと、その意思一つでどうにでもなるという乱暴さ。
何という危険なことでしょう。
安倍氏の中には自分の考える「国」はあっても、「国民」は存在していないとも、言葉は少し違っていましたが
ビナードさんは、おっしゃっていました。

安倍氏は一度として、国民のことを念頭に置いて話されたことはないでしょう。
雑音と考えた時も、相手は国民ではなく厄介な活動家がということだったわけですし。

自分の国の言葉で考え、書きあらわすことができない。それはアイデンティティの問題。
自分は何者か?ということ。
悩みの中から愛国心は芽生えるのか、生まれぬはずと思う。
そんな人間を作ろうとしてる。

美しい言葉をたくさん持つ、
事象を幾通りもの言葉で表し伝える言語、日本語。
日本語は生き残れるのか?

先日、2月12日のビナードさんの講演会のタイトル、
TPPからの考察でもあった「ぼくらの日本語は生き残れるか?」


日本という国に今生きている民、私たちは
日本がどうあってほしいと望んでいるだろう。

日本がこの先、存在することが大前提にはなっていない。
そんな時代に生きている。

そのことを、真正面から捉えて、目も耳もふさいではならないと思う。
見ること、聴くこと、「起死回生はそこからしかないと思え」と思う。



 2014_02_20




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