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4月21日の東京新聞朝刊「筆洗」に。

虐げられたもの、スポイルされたもののみなが、より弱いものにはけ口を向けるとは思わない。
でも・・・

東京新聞4月21日朝刊「筆洗」

My name is Luca
  ・
  ・
Do not ask what will was to me



18 years of pain
Fact of my life



間違っていることに気づいてほしい。
(いえ、気づいている。でも・・・)

弱いものに振り上げる手は、
それを作り出した元凶にこそ向けなければならないと。

何に苛立ち、怒っているのか、
自分の心の内を見つめて欲しい。

おとなもおとなになれなくて、途方にくれている。
(おとなってなんだろう・・・)
蔓延する閉塞感

自分より弱いものを探さないで、はけ口の矛先として。



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 2014_04_24



夕刊を手にしたとき、
思わず「美しい・・・」と。

空白の妙
「白」の際立ち。

紙面の上1/2に配置されているのは
斜めに宮沢賢治の「春と修羅」序(抜粋)が
その左には矢印のように水色の水玉
右にはグレーの地色に鳥の形の染みと大小の   
東京新聞4月19日ビジュアル夕刊「放射線を撮る」

・・・よく見ると 
水玉も、詩の断片の文字列も、
鳥の形をしていることに気づく。    (紙面デザイン・鈴木薫さん)

表題は「放射線を撮る」(2014.4.19夕刊1面)
 

可視化された放射線。

怖ろしいものを、美しいと見てしまったことに恐れを感じながら見入る。読む。

放射線写真は2012年1月飯館村の牛舎写真家の森住卓さんが拾い、
東大名誉教授の森敏さんが協力して写真にしたものだそうだ。

『鳥の形に見えるのは、キビタキが全身に被ばくしているため。
「翼の黒い斑点は、羽や体に降り注いだ放射性物質。
 腹部の色が少し濃いのは、昆虫や植物を食べて放射性物質が胃に直接入ったり、
 筋肉に蓄積したりしたのだろうと森さん。
また、森住さんは「福島の動植物の被ばくを何とか見える形にして、事故の風化を食い止めたい」と話す。

宮沢賢治は長い時間軸でものをみつめーーー遠い未来の人々の視点に想いをはせた。
これから二千年もたった時代に生きる人々は、はるか昔の人間が残した放射性物質に、何を思うだろうか。
自然豊かな福島に放出された放射性物質が消え去るまでのほど遠い時間を、今こそ想像したい。』
と文は結ばれていました。

東京新聞4月19日ビジュアル夕刊「放射線を撮る」8万年の月日
           (以上紙面より 文・岩岡千景さん 藤川大樹さん 抜粋引用させていただきました)

ないことに、
なかったことになどできない。
それなのに、
臆面もなく切り捨てる国と、同調する利益を得ることに汲々とする人の群れ。

滅びなければならないとすれば、そういう者たちが滅びるべき。
子らを生贄にしてはならないと思う。

忘れることが生きるために必要? 
否、忘れてはならない。  自らに引き寄せねば。






 2014_04_21



4.16付東京新聞の夕刊「紙つぶて」欄に、中央大法科大学院教授の野村修也さんが書かれていました。
東京新聞4月16日夕刊紙つぶてから『ヒストリエとゲシヒテ』

記録と物語 (叙事)文と(叙事)詩
書き手は主観を排することができるでしょうか。
その主観は時の価値観を反映し、権力者、勝者の側に立つのは必然。

同日の夕刊社会面に、
「護憲PR電車 運航中止」土佐電鉄「意見広告」批判受けという記事が載っていた。
昨年まで憲法記念日に合わせて走らせてきた護憲をPRする(守ろう九条・二五条を)路面電車の運行を、
今年から中止することがわかったという。
昨年5月市民からの電話やメールで「意見広告」だとの批判があったそうだ。
昨年までは、国民の義務として憲法を順守しようとの趣旨で認めていた。
今年は、安倍政権下で改憲論議が活発化しているので意見広告と受け取られかねない
・・議論のあるテーマについて、公共交通が一方の意見を流すのは本意ではない。とのことだ。

至極まっとうなご意見と思いつつ、
反骨の人はいないのだなと思う。
公共というものの危うさを思う。

人はどこに立脚して物事を観、どう判断するのだろう。
権力に抗い続け対峙する人がいて、はじめて(権力側と)均衡を保つものではないかと思う。

素直な物わかりのよい、権力に都合のよい人間になってはならないのだと思う。
そんな反骨者の矜持を持って物事を推し量らねば。



 2014_04_17



今朝の新聞を読む。
文芸評論家斎藤美奈子さんのコラムに笑う。
「面白うて やがて哀しき ・・かな」の心境に。

言葉が、これほど真実を投影しないことがよくもあるものだと思う。
ばかげた人だと笑ってすまされない人間の言葉だから始末に悪い。

東京新聞コラムから『辞典が必要』
(13'10.9東京新聞朝刊「本音のコラム」より転載)

うそをいつまで許すのだろう。
知らぬふりを決め込むのだろう。

「鈍磨させるなーーーっ」と、実体のない人に向かって叫びだしたいこころ

ひりひり きりきり ぎりぎり
擬音のオンパレードと化す。

真実を伝える人はいるのに
正しい心を持ち続ける人はいるのに
・・・それでも坂を転げ落ちるしかないのか?

愚弄されている
翻弄されている
「気づけよ おい!」罵ってみたくなる。







 2013_10_09



今朝のニュースで、消費税増税についての世論調査で「評価する」と答えた人が読売新聞では53%、朝日新聞では51%であったと伝えている。
低所得者にわずかな一時金を配布し免罪符とするのではなく、基本的な食物に消費税を課さないなどが必要なことだと思う。

法人税減税が、労働者の報酬を引き上げる原資となるなど誰が本気で考えていようか。
大企業が潤い、その株主が益するのだと思う。


北海道大学教授・山口二郎さんが昨日の東京新聞コラム欄に書かれている。
「国民は為政者がうそをついていることを知っているが、うそを許している。為政者に国民の言葉は通じなくなった。」と。
東京新聞コラムから『言葉の力』
(10月6日東京新聞・本音のコラムより転載)
本当にそうだと思う。

言葉は力を失ったのだろうか?
(相手に届かないということは、今という時だけの専売特許ではなく、過去もそうであった。が、しかし・・・ )

他者(国民)に対する利己(為政者)の変質の問題なのか。
変質ではなく、より鮮明に見えるようになった。或いは赤裸になった。


文中で書かれている詩作を断念している詩人のハビエル・シシリアさんは、こうインタビューに答えてらっしゃる。

「しかし私は詩人の目で見て発言し、詩人の直感で考えています。この運動もお定まりの表現を打ち破り、別の視点から物事をみることができるよう心がけている。
私はいまも自分を詩人だと思っています」

「既存の政党はもはや私たちを代表していない。強欲な経済システムも私たちを窒息させかけている。これらに代わる何か新しい仕組みが必要だ、ということはわかっています。ただ、それが何なのかは、まだよくわからない。でも米国のウォール街占拠運動にせよ、スペインの広場で居座った怒れる者たちにせよ、世界各地の人々が次に来るべき新しい何かについてモゴモゴとつぶやき始めている。日本でも大震災をへて、政治や経済の仕組みに限界があることがわかったはずです」

 ――人々に何ができますか。

 「デモをすること、団結すること、民主主義こそ人々の力であると思い出すこと。そして政治が機能しないときには政権を退陣に追い込む。私たちはいま歴史的な岐路に立っています。ローマ帝国の崩壊と同じく、深いところで文明が大きく変容する時代を生きているのです」

(茶文字部分:朝日新聞デジタル (インタビュー)グローバル化の裏側 メキシコの詩人、ハビエル・シシリアさんより引用)

行動が、言葉となる
そんな時代に生きている

心は澄んでいなければならない
言葉と行動を磨くために
そうあらねばと 口を真一文字に結ぶ。





 2013_10_07




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